株式会社Bizsuppliのメルマガバックナンバー

会計を中心とした実力派プロフェッショナル集団であるビズサプリのメンバーが、旬のネタや色々な物事への洞察を記載したメルマガのバックナンバーです。

3つのディフェンスライン

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ vol.053━2017.5.24 ━
【ビズサプリ通信】

▼ 3つのディフェンスライン

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ビズサプリの久保です。

桜が散り、藤棚が紫に染まっていたかと思ったら、バラの季節になりました。
我が家のバラはほぼ満開です。沖縄では梅雨入りとのこと。季節の移り変わり
は早いです。
今回は、3つのディフェンスラインのお話をしましょう。ディフェンスという
と、サッカーやラグビーを想像させますが、スポーツの話ではありません。
英語ではThe Three Lines of Defenseです。全部日本語にして「3つの防衛
線」と呼ばれることもあります。防衛線というとキナ臭い感じもします。

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■ 1.3つのディフェンスラインの背景

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これが言われだした経緯からお話しましょう。内部統制のグローバルスタン
ダードとなっているCOSOが、2013年に改訂され、そこで17の原則が提示さ
れました。その中の原則3において、この3つのディフェンスラインが紹介
されました。

COSOの原則3は、次のとおりです。
原則3: 経営者は、取締役会の監督の下、内部統制の目的を達成するに当た
り、組織構造、報告経路および適切な権限と責任を確立する。

この「組織構造と報告経路」の解説として、3つのディフェンスラインが次の
ように紹介されました。

「責任は、取締役会の監督の下、事業体の目的が達成できないことに対する
3つのディフェンスラインにあると一般に考えることができる。」

「責任は」が主語になっているこの翻訳の意味がわかりにくいですが、「取
締役会の監督の下で、事業体の目的が達成できないことに関する責任は、3
つのディフェンスラインにあると一般に考えることができる。」という
意味です。

組織構造と報告経路の説明に出てくるのですから、この3つの組織を作り、
それぞれの機能が発揮できたら、「事業体の目的が達成できないこと」に
対応できますよ。

「事業体の目的が達成できないこと」というのは、「事業体の目的の達成を
阻害するリスク」と解釈できます。結果として、COSOは、「事業体の目的が
達成されないというリスクに対応するための組織構造と報告経路としては、
3つのディフェンスラインが一般的である」と言っているということが分か
ります。

COSOは原則主義ですので、上記の原則3に合致していれば、3つのディフェ
ンスラインの設置が必ずしも必要ということではありません。3つのディ
フェンスラインは、ベストプラクティスとして紹介されている、という位置
付けと考えられます。

なお、改訂版のCOSOは、2013年5月に公表されていますが、それに先立っ
て2013年1月に内部監査協会からポジションペーパー(意見書)として
「有効なリスクマネジメントとコントロールにおける3つのディフェンス
ライン」が公表されています。そこでは、3つのディフェンスラインが
ベストプラクティスとして最近採用され始めていることが示されています。

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■ 2.3つのディフェンスラインとは

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3つのディフェンスラインは、会社のリスクマネジメントにおける役割の異な
る3つの部門のことです。3つの防衛線(ディフェンスライン)で企業リスク
に対処しなさい、ということになります。すなわち、1つ目の防衛線が破られ
ても、次で防ぐことができ、もし2つ目の防衛線が破られた場合には、3つ目
で防ぐという三重の防衛体制です。

第一の防衛線は、現業部門の管理者による内部統制です。現業部門は、言うま
でもなく製造部門、購買部門、営業部門、倉庫部門などです。これらの部門に
おいては経営方針や経営計画に従って事業活動を行います。これらの部門で
は、事業目的が達成されないリスクを抱えています。リスクを抱える部門です
ので、リスクオーナーと呼ばれます。

第二の防衛線は、間接部門による内部統制とされています。ここでの間接部門
とは、リスク管理部門、コンプライアンス部門、環境管理部門などを指しま
す。これらの部門は現業部門での内部統制の整備運用状況をモニタリングする
役割を担っている部門です。

第三の防衛線は、 内部監査人による内部監査です。内部監査の特徴は、その
監査対象となる部門から独立している点です。多くの会社の内部監査部門は、
社長直轄になっていますが、これは監査対象の部門からの独立性を保つためです。

3つのディフェンスラインは、最近使われ始めている用語です。覚えておいて
損はないと思います。

本日もビズサプリのメルマガをお読みいただきありがとうございました。
お元気にお過ごしください。
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組織の作業効率を上げる鍵

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ vol.052━2017.5.10━


【ビズサプリ通信】

▼ チームの業務の生産性

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ビズサプリの三木です。

同じ人数であっても、世の中には生産性の高いチームと低いチームがあります。
不思議なことに、能力の高い人だけ集めても効率が上がらなかったり、普段は
目立たない人同士のチームが意外なほどの連携を見せて成功したりします。

今回のメールマガジンでは、組織の作業効率を上げる鍵について考えてみます。

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■ 1.343(刺身)の法則とスーパーチキン

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343の法則、もしくは262の法則と言われている話があります。
たいていの組織は、付加価値を生み出す優秀な人が3割(もしくは2割)、プラ
スにもマイナスにもならない人が4割(もしくは6割)、むしろ足を引っ張る人
が3割(もしくは2割)という構成になってしまうという法則です。

科学的な法則というより経験則ですが、会社勤めをされている方であれば「そう
そう」という実感があるのではないでしょうか。

それだけでなく、上位3割だけの選抜チームを作っても、その中がまた343に分
かれてしまいます。エリート集団は必ずしも効率的ではないというわけです。

人間では実験が難しいですが、動物で似たような実験をした人がいます。
パデュー大学のウィリアム・ミュア教授は、多数のニワトリ飼育かごを用意し、
それぞれの飼育かごで最も卵をたくさん産む(=生産性の高い)ニワトリを集め
て様子を観察したのです。
するとこれら“スーパーチキン”はお互いに突つきあって、相対的に弱いニワトリ
をつつき殺してしまいました。人間でいえばエリート同士の足の引っ張り合い
です。もちろん生産性は全く上がりません。スーパーチキンの生産性は、他の
ニワトリを踏み台にすることで得られていたのです。人間社会にもありそうな
話ですね。
https://evolution-institute.org/article/when-the-strong-outbreed-the-weak-an-interview-with-william-muir/


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■ 2.「アリストテレス」プロジェクト

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2012年、Googleは社内改善の一環として、チームの生産性を左右している
要因は何かを分析する「アリストテレス」プロジェクトを実施しました。

メンバーが社外でどれくらい会っているか、趣味は似ているか、似たような教育
を受けてきたか、性格は内気か積極的か・・・・ありとあらゆる要素を分析し、
人間関係のチャートを描いても、これという要因がなかなか分かりません。
あるチームでは生産性の高い人が他のチームでは非効率になることもあります。
よくおしゃべりをするチームの効率が良い等の規則性も特に見られません。

苦心の末にプロジェクトがたどり着いた結論は、心理的安定性(psychological
safety)でした。これは「自分の意見を言ってもバカにされたりしない」と
いった安心感のことで、ハーバードビジネススクールの論文などで提唱されて
いる考え方です。

これにはリーダーの「器」が大事になってきます。全てを自分の意のままにしよ
うとするリーダーの下では、チームメンバーは「怒られるのではないか」とビク
ビクして心理的安定を得られず、自分でリスクテイクをする決断ができません。
情報を隠すようになり、全てについてお伺いを立てるようになれば意思決定の
スピードも上がりません。

もう1つ大事なのは、飾らない自分でいられるかどうかです。これにはプライ
べートな部分も関係します。
Googleの調査では、チームリーダーが「ガンで闘病中である」というプライ
ベートをさらけ出すことでチーム内に「色々な話をしていいんだ」という安心
感が醸成されたケースもあったようです。本業に関係ないストレスが無くなる
ことで力の分散が無くなり、一体感が生まれていくというわけです。


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■ 3.余談~山本五十六

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Googleの調査も興味深いですが、日本人の名言も捨てたものではありません。
太平洋戦争で海軍の司令官を務めた山本五十六は「やってみせ、言って聞かせ
て、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」「やっている、姿を感謝で見
守って、信頼せねば、人は実らず」といった言葉を残しています。
戦争自体の是非は別として、部下からは「山本に半年仕えれば、一体感を持つ
ようになる。仮に山本が危険に晒されたら反射的に命を捨てて守るだろう」と
いうほど信頼感を得ていたようです。
定量的なデータはありませんが、おそらく生産性も高いチームだったと想像
します。

管理職になると「褒める」「任せる」ことの大事さや難しさに直面します。
私も過干渉か放任になりがちで、自戒の毎日です。
こうしたことは部下育成のためだけでなく、チームの生産性のためにも大切な
ようです。


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■ 4.M&Aや合併後のシナジー

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こうした風土づくりはどんな会社でも重要ですが、近年はM&Aや合併も多く、
ビジネス環境の変化も激しいため、頻繁に異文化がまじりあい、社員の心理的
安定性が損なわれやすくなっています。
技術を求めて買収したのに優秀な技術者が流出・・・といったことになっては
元も子もありません。

人事制度の統合、システムの統合、管理ルールの調整などやることは大量にあ
りますが、M&Aや合併後にも組織としての効率を追求していくには社員の心理
的安定性も考えなければいけない重要な要素と言えるでしょう。


本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。

 

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補欠監査役制度

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ vol.051━2017.4.19━━

【ビズサプリ通信】

▼ 補欠監査役制度

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こんにちは。ビズサプリの庄村です。桜も散って本格的な春が到来しようとし
ています。
多くの上場会社では、株主総会に向けて会社役員の選任決議案に向け動き出し
ています。その中で「補欠監査役」選任という見慣れない議案が上がっていま
す。
今回は「補欠監査役」について説明していきます。

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■ 1.補欠監査役選任制度の趣旨
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「補欠監査役制度制度」は平成15年から認められることとなった制度で、監
査役の数が次期の株主総会までの間に死亡等の理由により欠けることになる場
合に備え、あらかじめ株主総会で補欠の監査役を選任しておき、監査役の死亡
等により定員数を欠いた時は、あらかじめ選任されている「補欠監査役」が「
監査役」に就任できることができるというものです。
 いわゆる大会社では社外監査役監査役会の半数以上選任しなければなりま
せん。このような中で社外監査役が任期中に死亡、辞任等をすることにより社
監査役の定員数が欠くことになった場合は、臨時株主総会を開催して後任者
を選任するか、裁判所に仮監査役の選任を請求する必要がありました。
しかし、上場会社等にといっては臨時株主総会の開催は多額の手間と費用を要
することとなります。
そのため、社外監査役の半数確保が容易になり、かつ会社の負担軽減を図るた
めに社外監査役の補欠を予め選任できるようになりました。

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■ 2.補欠監査役の選任手続

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では、補欠監査役の選任を行うために必要な手続きはどのようなものでしょう
か。

1.定款に「補欠監査役を選任することができる。」旨を規定する必要があり
ます。したがって、定款変更のための株主総会特別決議が必要です。

2.「補欠監査役」は、監査役が欠けたときは「監査役」に就任することにな
りますので、補欠監査役候補者として株主総会議案とするには、監査役の選任
議案と同様に監査役会の同意が必要です。

3.補欠監査役の選任のための取締役会決議と株主総会招集通知に添付する参
考書類に補欠監査役に関する事項を記載しなければなりません。

4.株主総会で補欠監査役選任を議決する要件(定足数)は、監査役を選任す
る場合と同様であり、また、議決した場合には補欠監査役の氏名及び補欠監査
役である旨を株主総会議事録に明記しなければなりません。

 

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■ 3.補欠監査役の立場・身分

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「補欠監査役」は、監査役に就任するまでは会社の機関を構成するものではな
いため、特別の立場、身分を有するものではありません。
したがって、他の会社の監査役や取締役に就任していたとしても何ら差控えあ
りません。
しかし、監査役の定員数が欠けたときは監査役に就任することを承諾している
ので委任契約の予約に準じた地位にあると考えられます。

「補欠監査役」は「監査役」に就任するまでは監査役業務を行う訳ではありま
せんが、待機することになります。
そのような待機中の補欠監査役に報酬や手当等を支払うか否かは会社と補欠監
査役との合意事項になるようです。ただし、待機中ではありますが、一定限度
で拘束する結果となるため合理的な範囲内で報酬や手当を支給している会社が
多いようです。

「補欠監査役」は会社の機関でないため、監査役会や取締役会に出席する権限
はありません。同様に監査役監査業務への立会や往査への同行についても権限
がありません。
しかし、「補欠監査役」は将来監査役に就任する可能性がありますので、監査
役や取締役全員の承諾があれば、監査役会や取締役会への出席、監査役監査業
務への立会や往査への同行も認められます。
その場合、「補欠監査役」に守秘義務を課す必要があるほか、「補欠監査役
が関与したことで特別の不祥事が生じた場合には、承諾した監査役や取締役が
監督責任をおうこととなります。


以上のように、補欠監査役制度は一種の保険のような制度ですが、検討してみ
てはどうでしょうか。

本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。


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のれんについて

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ vol.050━2017.3.29━━

【ビズサプリ通信】

▼ 連載50回目

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こんにちは。ビズサプリの花房です。早いもので、ビズサプリグループとして
メルマガの連載を開始してから今回が50回目となります。隔週ですので約2年
続けているのですが、1人で書いていたら継続は難しかったと思います(人に
よるでしょうが少なくとも私は)。

継続できた一番の理由は、「組織力」と思っています。現在は5人で持ち回り
の連載なので、5回に1回、自分の担当が回って来ます。従って、作業効率が5
倍になる訳です。しかもそれぞれが得意分野、興味を持つ分野が違いますか
ら、知識量も1人に比べて何倍かです。加えて、お互いが刺激し合って新しい
観点に気付いたり、スキルアップが図られることで、組織としての力は、5人
力ではなくX人力(少なくとも5人以上分)になっているはずです。

このように、複数のものが集まった場合に単純な足し算ではなく、それ以上に
効果をもたらすことを、「シナジー効果」と呼びます。それでは、このシナジ
ー効果が会社の決算書に載ることがあるでしょうか?答えは、唯一、バランス
シートの「のれん」に限り、シナジー効果が含まれる場合があります。

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■ 1.のれんの急増理由~IFRSへの変更がのれんの増加を後押し
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先日3月18日版の日本経済新聞に、『「のれん」最大の29兆円 買収先のブラ
ンド価値』の記事がありました。M&Aにより、上場企業の無形資産である
「のれん」が急増しており、買収先の業績が悪化すれば、のれんに係る減損
損失が多額の損失として顕在化するリスクとなることが懸念される、という
趣旨の記事です。なぜ急増したかと言えば、日々のニュースで取り上げられて
いるように、最近はM&Aが頻繁に行われ、M&A件数そのものが伸びており、
かつソフトバンクの案件に代表される、海外の大型M&A案件が増えています。

もう1つのポイントは、この日経の記事にもありましたが、会計基準変更が
多分に影響していることです。ここで言う会計基準の変更は日本基準から
IFRSへの変更であり、日本基準がのれんの償却が要求されのに対して、IFRS
では償却はさせず、減損会計だけが適用されます。その結果、毎期定期的に、
巨額ののれん償却費を計上することはなく、その分利益を確保できるという
ことが、M&Aを後押ししているという訳です。

海外M&Aをする企業は、すでに海外でビジネスを展開しているグローバル
企業、あるいはこれからそれを目指していく会社が大半です。上場している
グローバル企業は、海外で資金調達の必要性、知名度の向上、また世界中の
グループ企業の評価基準の統一を図るため、日本基準からIFRS会計基準
変更していますが、のれんの定期償却が不要であることも、期間損益へのイン
パクトの大きさからすると、かなり魅力的と考えられます。

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■ 2.のれんの本質

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のれんはなぜ発生するのでしょうか?のれんは一言で言うと、M&Aにより受入
れる時価純資産と、それに要する取得価額の差額です。受入れる時価純資産
は、簿価純資産ではなく、M&A時点で識別可能な資産と負債を時価で評価し直
します。時価純資産が、取得価額より大きければ、借方に差額が生じ、これ
を「のれん」としてバランスシートに計上します。逆に時価純資産が取得
価額より小さいと貸方に差額が生じるので、これは特別利益として一時の
収益となります。

ではなぜ、時価純資産よりも高い金額を支払ってでも、M&Aが行われるので
しょうか?その理由は、M&Aの目的にあります。なぜM&Aをするかと言え
ば、事業の拡大、異業種への新規参入、技術・商品ブランドの取得、人材の
獲得等様々ですが、平たく言うと、経営資源を買うわけです。経営資源とは、
経営学的にはヒト・モノ・カネ・情報ですが、それらを自社で構築すればいい
のですが、それには多大な時間がかかるので、M&Aによって一気に手に入れ
る、言い換えると、時間を買っていることになります。

そこで対価を支払って得た経営資源を自社のバランスシートに載せるわけです
が、全ての経営資源を『認識』出来るわけではありません。例えば、「情報」
という経営資源としては、顧客リストやデータベース、技術やノウハウと言っ
たものがありますが、これらをどのように評価するかという問題があります。
また労働力や、人材の持つ個々の能力と言ったものも、M&Aの目的の一部で
ある場合も少なからずありますが、そもそも人材はM&A後に辞めてしまう可能
性もあり、そのタイミングも通常は分かりませんので、やはりバランスシート
に載せることは難しいことになります。(但し、会計基準上は、分離して譲渡
可能な無形資産については、時価で評価してバランスシートに計上しなくて
はなりません)

それと、それぞれ別々に事業を行っていれば、生まれなかったシナジー効果
が、M&Aにより同一のグループになることで発生することもあります。M&A
の際には、買い手は事前に独自の事業価値評価を行い、それに基づいて売り手
と交渉して買取金額、すなわち取得対価を決定します。その事業価値評価の際
に、M&A後のシナジー効果分を含んでいることがあり、その場合は、のれんに
シナジー効果分も含まれることになります。

このようにM&Aの目的として取得した経営資源(含むシナジー効果)のうち、
個別に評価してバランスシートに乗り切らなかったものが、総体として「の
れん」勘定に集約されて計上されることになります。加えて、高値掴みして
余分に支払ったプレミアム部分も「のれん」を構成します。最近ではシュリ
ンクしていく国内市場に対応するため、異業種や海外マーケットに進出したい
企業が山のようにあり、1つのM&A案件に対して買収を希望する企業が数多く
あります。つまり供給(売り案件)を需要(買い手候補)が大幅に上回って
いる状況にあり、入札方式による場合は特に、他社に取られたくないばかり
に適正価額以上でM&Aを実行してしまうことが多々あります。また入札でない
にしても、企業評価をする場合は上場している同業他社の株価を評価の過程
で使うことが多く、その場合、株価が上昇している局面においては評価が高く
なりがちです。その結果、本来は価値がない部分に対価を支払う結果となって
しまい、のれんの金額をより大きくしてしまうことになります。

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■ 3.どちらが優れた会計基準なのか?

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のれんは、M&Aにより取得した経営資源のうち、個別に評価できなかった
もの、とりわけ無形資産の部分と、必要以上に支払ってしまったプレミアム
部分から構成され、それが最近のM&A市場の活況と、のれんが非償却である
IFRSへの会計基準変更により、企業のバランスシート上の残高が積みあがっ
てきている状況にあります。

上述した29兆円という金額は、日本経済新聞社が、約3,600社の上場企業が
2016年末時点で計上しているのれんの金額を集計したものですが、1年前
に比べて4兆8,000億円と、約2割増加していることになります(なお29
兆円の残高のうち、ARM社やスプリント社など海外の大型M&Aを行った
ソフトバンクが4.9兆円と1割以上を占め、続いてM&A積極企業として
有名なJTが1.6兆円、NTTが1.3兆円と続きます)。

IFRS米国会計基準も同様)では、のれんを定期的に償却せず、減損会計一本
なので、M&A対象企業(あるいは事業)の業績が当初計画した通りに行かなく
なると、突然に減損損失を計上してしまうことになります。最近の最たる例
が、東芝原子力事業絡みののれんに係る減損損失(2017年2月14日発表の
業績見通しによると7,000億円超)です。さらに東芝は、ウエスチングハウス
で内部管理体制に不備があったとして現在も調査中であり、2016年12月
第3四半期の監査法人によるレビュー手続が現段階においても完了せず、
決算数値を確定できないまま特設注意市場銘柄に指定されてから1年6ヶ月
が経過しており、今後内部管理体制が改善されていなければ上場廃止
おそれがあるとして、監理銘柄に指定されるという、異常事態に直面して
います。

東芝に限らず、のれんを減損している事例は枚挙にいとまがなく、のれんが積
みあがって来ている状況において、比較的世界経済の先行きが好調と見られて
いる現時点では、(もちろん個別案件ごとの判断はありますが)全体として今
すぐのれんの減損損失が顕在化するわけではないと思われます。しかし今後、
世界経済の不透明感が増すことがあって、将来の業績見込みが悪化すれば、途
端に減損損失が噴き出すリスクはあります。

日本基準では、最長20年以内で規則償却していくことから、数年で償却し切っ
てしまうことが多いので、保守的な会計処理と言えます。またのれんの減損に
ついては、事業ごとの将来キャッシュ・フローで判断しますが、年月が経つ
程事業を再編したりして、個別の将来キャッシュ・フローを掴みづらくなり
ます。さらに、一見のれんが維持できているようでも、それがM&A時点に
存在しているものが引き続き継続しているためなのか、新たな「のれん」
が生まれて来ていてそれによるものなのかの判断も、難しくなっていくで
しょう。

個人的には、のれんが未来永劫続くことは稀なので、償却するルールである
日本基準の方が健全と思います。但し、IFRS上で確かにのれんは非償却です
が、日本基準よりも企業結合時に認識される無形資産の範囲が広いと考えら
れるので、のれんではなく、償却性の無形資産に配分されるものは定期的に
償却されます。従って、日本基準でのれんとされるものが全て、IFRSでも
のれんとして非償却となる訳ではありませんので、ご注意下さい。

無形資産の基準が狭く、従ってのれんが大きくなりがちだが償却ルールのある
日本基準と、無形資産の基準が広くてその分のれんが少なくなり、但し非償却
IFRSのどっちが優れているかは、時代が要請するものと思います。のれんに
限らず、会計ルールが大きく変わるのは、大抵何か問題が起きてからです。現
行でベストと思われる基準であっても、問題が頻繁に起こるようになれば改正
されていくもので、唯一絶対的なものは作れないというのは、会計を含む社会
科学全般に言えることです。

ビズサプリグループでは、M&Aの際の財務デューデリジェンス、税務デュー
デリジェンス企業価値評価、またM&A実行後の組織再編や統合作業の各種
サポート、買収した会社の財務経理業務のアウトソースも行っておりますの
で、機会ありましたらご相談頂ければと思います。
http://www.biz-suppli.com/menu.html?id=menu-consult

本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。


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「働き方改革」へのエール

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ vol.049━2017.03.15━
【ビズサプリ通信】

▼ 「働き方改革」へのエール

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みなさんこんにちは。ビズサプリの辻です。

3月も半ばに入り、春らしい日も徐々に増えてきました。合格発表や卒業式など
年度の節目の様々な行事の季節になってきましたね。桜の開花も楽しみです。

全く突然ですが、私は喫茶店のモーニングが大好きです。仕事と家事、そして
子育てでなかなかゆったりした時間が取れない私にとって、朝、出勤途中の
30分間、おいしいコーヒーとこんがりトーストが至極の時間です。お店には
特にこだわりがあるわけではなく、いわゆるチェーン店によく寄るのですが、
最近どこのお店でも気になるのが「人手不足」です。明らかにキャパをオーバー
していることです。喫茶店のアルバイトの方達はとても手際がよく、どんどん
並ぶお客様の注文をさばいていくわけですが、トーストがぬるかったリ、
白かったリ、コーヒーがこぼれたりします。「大変なんだろうなぁ」と思い
つつ、こんがりトーストを求めて次の日は別のお店にいくわけです。
働き手の確保が難しい時代になってきたんですね。

今日は、「働き方改革」について少し考えてみたいと思います。

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■1.「改革」への覚悟は?

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これから、労働人口がますます減っていく中、「働き方改革」が大きな話題と
なっています。就職人気ランキングでいつも上位の大手広告代理店に入社した
東大卒のとてもかわいらしい女性が過労から自殺したという大変衝撃的な出来事
で、一気に「働き方改革」という意識が広がったように思います。
これまでも「ブラック企業」といった言葉で長時間労働をさせる企業を非難する
ことはありましたが、外食産業や小売業の接客スタッフやアルバイトといった
一部の企業の一部の従業員を対象とした動きでした。今回は経営トップからも
「働き改革」の言葉が聞かれるように大きなうねりになっているように思います。

この「働き方改革」、掛け声だけでは絶対にうまくいかないことはわかりきっ
ています。本当に真剣に取り組み、働き方を変えていくのであればかなりの
覚悟が必要となります。
「改革」中は、新旧の様々な価値観が入り交じり混乱します。働き方に対する
考え方は、業界や会社でも常識が異なります。それ加えて、それぞれの個人が
これまでどのような働き方してきたかによって価値観が大きく異なっているよう
に思います。
どんな分野においても「改革」をしていくためにはリーダーシップが大変重要
ですが、リーダーシップをとる方達の中には、家事・子育てをほとんど奥様に
お任せして、残業、休日出勤を厭わず会社のために働きリーダーに上り詰めた
方達も多いと思われます。
ご自身の成功体験と異なる価値観を心から受け入れて、様々な反対意見や葛藤、
一時的な混乱を乗り越えてやり遂げなければならないわけです。
「やっぱり、定時に帰るなんてムリだよな。」「顧客との関係があるからどうし
ても時間外対応は必要」とできない理由をつけて中途半端で、むしろ建前だけが
先行してしまうリスクもありそうです。

「改革」ですからある程度の混乱は当たり前。それでもやり遂げる覚悟と忍耐
が必要となってきます。


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■2.プロセスでなく結果を評価する

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仕事に対しての考え方は人によって異なるのも事実です。仕事が大好きで、
朝から晩まで仕事をしているのが生きがいの人だっているし、仕事以外に多く
の時間を費やしたい人もいるわけです。
子育てや介護のような場合は、自分の仕事に対する価値観や考え方だけでなく、
強制的に仕事の優先順位を変えざるを得ない状況も出ていきます。そのような
個別事情も職場レベル、会社レベルで斟酌し、様々な働き方や価値観を認めて
いくことが必要になってきます。

その上で、現実にはいろいろな課題が出てくると思われます。
働き方改革をしていくためのポイントとして「頑張っているプロセスではなく
その結果のみを評価すること」という言葉がいろいろなところで聞かれます。
概念としてはとても分かりやすく、むしろ「当たり前の考え方」と考えている
方も多いと思いますが、これを徹底するのは非常に難しいことです。

・結果重視といった場合の結果とは何か。(利益だけではないはず)
・同じ仕事をたくさん時間がかかる人と時間がかからない人をどのように
評価するか
・2倍働いて2倍結果を出す人をどのように扱えばいいか

上司は現実的な様々な課題に「働き方改革」を進めながら対処し、正しく評価
する眼力が求められることになります。

余談ですが、育児書、教育番組で必ず言われるのが「(子どもには)結果で
なく、プロセスをほめましょう。」ということです。

そう、子供のころはプロセスが評価され、がんばったことが褒められるわけ
です。それが仕事になるとがんばっていても間違った頑張りであれば評価が
下がるのです。このギャップを評価する側も評価される側も受け止め、意識を
変えていかないといけないわけです。これがオトナになるということなのかも
しれません。
私は職場では結果を重視し、家庭ではプロセスを重視しないといけないという
ことですね。

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■3.まずは働く時間から考える

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そういう私自身も自分の働き方を省みても、とても胸を張れたものではありま
せん。ただ子供が生まれてからは、「子どものお迎えの時間」という絶対後ろに
ずらすことができない締切の時間として決まってしまいました。
そういう「絶対の締切」があれば、それに向けて目の前の仕事を終わらせるため
にどうすればいいか工夫するものです。

例えば
・会議前に「アジェンダ」を作る
・議題毎の時間配分を事前に想定しておく
・クライアントの疑問のポイントをあらかじめ想定してく
・作業に自分なりの締切を設けてる 等々。

実に基本的なことですが、意外に実践している人は少なかったように思います。
「無駄だな」「ダラダラしているな」という打ち合わせも結構ありました。
帰る時間が決まっていないことを羨ましいと思ったこともあります。

全員が早く帰宅することが強制されれば、それだけで色々工夫も出てくるでしょ
うから、それだけでもずいぶん無駄は減るように思います。

働き方改革は、まずは残業時間の規制から始まるようです。残業時間の規制に
加えて「絶対帰宅しなければいけない時間」を設けることをお勧めします。
「長い時間働くことががんばるアピール」という価値観や行動を変える一番
手っ取り早い方法ではないでしょうか。

ちなみに、労働基準監督庁の友人に聞いたところ、体に一番悪いのは「長時間
労働が続くこと」との事。「続く」というのがポイントだそうです。様々な労
災案件を見ると、ほぼ例外なく過労死ラインの80時間以上の残業が「続いて
いる」状況にあるそうです。そして、この「残業が続く状況」が自分の意思
でなんとも調整出来ない場合、例えば上司から言われる、顧客から言われる
というような場合にはさらに状況は深刻になるということでした。

みなさんの職場で、実質的に80時間以上の残業が続いている場合、それは
すでに赤信号かもしれません。


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■4.そして自分を磨くこと

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そして働く側は、今後「働き方」で職場を選択できるよう自身を磨いていく
ことが必要になるでしょう。改革という名ばかりで、旧来の価値感を強制する
ような職場は、自分から去ることができるよう爪を磨いておくことで、心の余裕
も生まれると思います。
「ここしかない」のではなく「どこでもやっていける」と思える余裕を持て
ること、これも働き方改革が成功する大切な一要素のように思います。
「死ぬまで働けるような自分を在職中から育て上げるべきだ」(ビジネスエリー
トの新論語 司馬遼太郎著)といった気概をもって日々の仕事を行うことで力を
蓄え、人生の節目節目でより自分にあった働き方を求めてみる。働く側の意識の
改革も問われます。


本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。
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決算短信の自由度の向上

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ vol.048━2017.3.1━

【ビズサプリ通信】

▼ 決算短信の自由度の向上

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ビズサプリの久保です。
前回のビズサプリ通信は、東芝の会計処理についての話題でした。東芝は、
予定日の3月14日に決算発表ができず、その公表を1ヶ月延期することを発表
したのはご存知のとおりです。東芝が3月14日において公表する予定だったの
は第3四半期(2016年4月から12月まで)の四半期決算短信だったのです。

この決算短信について、新しい取り扱いがこのほど決まり、東京証券取引所
上場規程を改正するとともに、その作成要領を公表しました。

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■ 1.決算短信の様式廃止?

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金融庁に設置された金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」
(座長 神田秀樹 学習院大学大学院法務研究科教授)において、平成27年
11月より、計5回にわたり、企業の情報開示のあり方等について、審議が行な
われました。この結果、「ディスクロージャーワーキング・グループ報告
ー建設的な対話の促進に向けてー」がとりまとめられています(平成28年4月
18日)。

この報告書の基本的な考え方は、「企業と株主・投資家との建設的な対話を
充実させるため、義務的な記載事項を可能な限り減らし、開示の自由度を高める
ことで、それぞれの企業の状況に応じた開示を可能とする」ことです。

要するにコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードに
おいて謳われた「建設的な対話」を充実させるためには、形式的な様式での
情報開示ではなく、企業独自の工夫に基づいた自由度の高いものでなければ
ならない、ということだと思います。

この報告書の中で決算短信と四半期決算短信については次の3つの提言が行わ
れました。
(1) 監査及ひ゛四半期レヒ゛ューか゛不要て゛あることの明確化
(2) 速報性に着目した記載内容の削減による合理化
(3) 要請事項の限定等による自由度の向上

これを受けて、東京証券取引所は、昨年10月28日に「決算短信・四半期決算
短信の様式に関する自由度の向上について」を公表しました。そこには
「当取引所が定める短信の様式のうち、本体である短信のサマリー情報に
ついて、上場会社に対して課している使用義務は、これを撤廃します。」
と記載されています。

これだけ読むと「あの慣れ親しんだ決算短信の様式がついに廃止?」と思って
しまいしそうです。しかし、その備考には「短信作成の際の参考様式として、
上場会社に対しその使用を要請するに止めることとします。」と書かれています。
すなわち、様式の使用は義務ではないですが、要請はしますよ、ということで
した。結果として、このようにルールを一段下げたことを「自由度の向上」
としているということが分かります。

確かに、改正以前の上場規程を見ると「当取引所所定の決算短信(サマリー
情報)・・中略・・により、直ちにその内容を開示しなければならない。」
と記載されています。新規程では「当取引所所定の決算短信(サマリー情報)
・・・により」が削除されました(有価証券上場規程第404条)。

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■ 2.決算短信は監査済みか?

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上場規程には記載がないのですが、これまでの決算短信の様式には「監査手続の
実施状況」の記載がありました。これは決算短信に記載する財務情報が監査済み
かどうかを記載するものと考えられていました。

前述の上場規程には、「決算の内容が定まった場合には、直ちにその内容を開示
しなければならない」と規定されています(新旧同様)。「定まった」という
のは監査を受けないとそうならないのか、会社が「定まった」と判断したら監査
終了前でも「定まった」として良いのか判断に迷うかもしれません。この点に
ついて、改正後の決算短信作成要領において「監査等の終了を待たずに、「決算
の内容が定まった」と判断した時点での早期の開示を行うよう、改めてお願いし
ます。」と記載されています(作成要領P4)。


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■ 3.J-SOXへの対応には注意が必要

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東芝の前年度(平成28年3月期)の決算短信の経緯をご存知でしょうか。3度に
わたり訂正が行われました。軽微な訂正ではありますが有価証券報告書も数度に
わたり訂正されています。特に最初の決算短信の訂正は重要な訂正と考えられ
ます。その訂正決算短信には次のように記載されています。

「5月12日の決算発表の時点においては、会計監査人である新日本有限責任監査
法人の監査が未了であり、2016 年3月期の計算書類及びその附属明細書並びに
連結計算書類 に対する監査報告書は受領しておりませんでしたが、その時点では
重要性のある修正が必要になる可能性は低いと判断し、決算発表の速報性を重視
し、決算発表を行いました。」

この結果として、(これだけが原因とは言い切れない面がありますが)、東芝
その内部統制報告書において「内部統制が有効でない」と報告しました。決算短
信は会社が「決算の内容が定まった」と判断した時点で開示すべきですが、その
財務情報に重要な誤りがある場合には、誤った決算を行うような内部統制だった
ということですので、「内部統制が有効でない」と見なされるリスクがある、と
いうことになります。

重要な誤りのある決算を会社が行い、会計監査人がそれを発見した場合には、
そもそも会社の内部統制によって適正な決算ができなかったということになり、
内部統制が有効でないと判断されます。これはその決算を公表したかどうかに
関わりはないのですが、一旦公表してしまえばそれは最終版ではなかったとの
言い逃れはできなくなってしまうのです。

東証決算短信の自由度向上の取り組みにより、実際にどれだけの効果が表れる
のか、注目していきたいと思います。

本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。

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東芝と減損とプッシュダウン会計

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ vol.047━2017.2.15━


【ビズサプリ通信】

▼ 東芝と減損とプッシュダウン会計

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ビズサプリの三木です。

いったん落ち着いたかに思える東芝の会計問題ですが、子会社ウェスチングハ
ウスを主力とする原子力事業について新規に減損が発生するとの報道がされ、
これに関連して「不適切なプレッシャーの存在を懸念する指摘」が東芝内部で
あったため2月14日になって第3四半期の決算発表が延期されるなど、再び混沌
としています。

実はウェスチングハウスがらみの減損の話は2段階あります。
1つは、2015年ごろ東芝全体で問題となった「不適切会計」の際に問題となっ
たウェスチングハウスそのものの減損の話。
もう1つは現在問題となっているもので、ウェスチングハウスが2015年に買収
したCB&Iストーン・アンド・ウェブスターという会社に関わるものです。

現在問題となっている件はニュースで見ていただくとして、今回は前者の減損
について取り上げます。


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■ 1.プッシュダウン会計

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2015年11月17日のプレスリリースを見ると、以下の記述があります。

「2006年度に当社がウェスチングハウス社(以下、WEC)グループを買収
した際、米国会計基準に基づきWECグループ及び当社連結ベースで約29億
3千万ドル(当時のレートで3,500億円相当)ののれんを計上しました。」

ここで「WECグループ及び当社連結ベースで」の部分を不思議に思う人がいる
かもしれません。
のれんは買収した側(つまり東芝)が計上するのが普通で、買収されたWECが
のれんを計上するのは不自然です。

実はこれはプッシュダウン会計と呼ばれている会計処理で、米国会計基準で認
められているものです。

子会社を買収した時ののれんとは、買収で支出した金額と子会社の(評価替え
後の)純資産の差額です。
明確な資産はないけれど、その会社に何らかの価値を見出して買収していたこ
とになります。要するに、ブランド力とか社風とか、買収された側の会社にあ
る何らかの価値がその実態です。

のれんは親会社の連結財務諸表で計上されますが、もともとは子会社にある何
らかの価値です。
ならば子会社の財務諸表にも計上すべきと考えたのがプッシュダウン会計です。
なお、子会社は買収対価を払っていないため、

(借)のれん(貸)資本剰余金

というやや無理やり感のある会計処理が行われることになります。

このルールに基づき、WECグループの財務諸表でも3,500億円ののれんが認識
されたわけです。


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■ 2.のれんの減損とグルーピング

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上述した東芝のプレスリリース(2015年11月17日)を見ると、2012年度の
減損の検討について、以下の状況が分かります。

WEC:プッシュダウン会計で認識したのれんを減損している
東芝(連結):減損を認識していない

WECでは減損しているのに東芝全体では減損していないのは矛盾に思えます。
東芝ではこの理由を、WECでは4つのプロダクトラインごとに減損を検討してい
るのに対し、東芝の連結決算では(東芝側の管理部隊も含めた)WECグループ
全体で減損を検討しているためと説明しています。
つまり、4つ合計すれば大丈夫だったという説明です。

実は、連結と単体で減損のグルーピングが異なるケースは皆無ではありません。
例えば親が製造、子が販売を担当していれば、子会社では仕入販売だけに着目
しますが、親会社の連結では製造から販売まで合算して減損を検討します。

しかしながら東芝のプレスリリースを見ると、WECで2012年度に762億円、
2013年度に394億円の減損を認識している一方で、連結ではこの期間にのれん
の減損を認識していません。
私は内部情報は知りませんが、ここまで原子力事業に対する見方が異なってい
るのは説明が苦しいように思います。
ご存知のとおり、この時期は福島第1原発の事故で原子力発電の先行きが見えな
くなっていた時期です。


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■ 3.グルーピング単位と経営管理

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東芝の事例を疑いの目で見ると、のれんの減損を回避するためにグルーピング
単位を故意に大きくしているようにも見えなくはありません。
一方、WECグループの4つのプロダクトラインはいずれも原子力事業という大き
な屋根の下に集う運命共同体でもあり、それぞれに相互依存関係があることも
十分に考えられます。

このように減損のグルーピングはけっこうファジーです。
外部者である私が、グルーピングが許容範囲なのか不適切なのか簡単には断定
できません。

しかしながら、のれんの減損というのは会計上の出来事である以前に経営上の
出来事です。
経営のピンチを会計数値で早期発見することは極めて重要です。その点、大き
すぎるグルーピング単位は問題の早期発見を妨げてしまうことがあります。

東芝では2013年度まではWECを含む「WEC事業部」を連結上のグルーピング
単位にしていましたが、WEC事業部と原子力事業部を統合した結果、2014年度
からはグルーピング単位が「原子力事業部」に拡大しています。

このグルーピングの変更は東芝内部の組織・責任体制の再編によるものですが、
結果として減損の表面化を遅らせた可能性はあります。
せっかくWECが認識していた減損がグループ経営管理に生かされていなかった
としたら、連結上のグルーピングが大きかったことは、東芝自身にとっても
残念だったと言えるでしょう。

のれんの減損の問題に限らず、東芝は不適切会計によって構造改革が遅れたと
言われています。
投資家を気にするあまり意思決定を歪めていないか、CFOや経理部長は十分に
注意する必要があるでしょう。


本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。


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