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日産自動車の有価証券報告書虚偽記載はどうなったのか

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ vol.095━2019.4.17 ━
【ビズサプリ通信】
日産自動車有価証券報告書虚偽記載はどうなったのか
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ビズサプリの久保です。関東のお花見シーズンはそろそろ終わりで、東北、北海道では見ごろを迎えつつあります。今年は寒さのためか、桜の花が長持ちしたように思います。さて、最近、日産自動車有価証券報告書虚偽記載の話をあまり聞かなくなりましたので、どうなっているのか、少し検討してみました。
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■ 1.虚偽記載の経緯と内容
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ゴーン元会長は、2018年11月19日と2018年12月10日の2回、有価証券報告書の虚偽記載の容疑で逮捕され、その後2度起訴されています。今年に入って、本丸と言われた会社法違反(特別背任)容疑で拘留中に再逮捕され、保釈後、同じ会社法違反(特別背任)容疑で4度目の逮捕が行われました。日産自動車事件は、有価証券報告書における役員報酬の過少記載から始まりましたが、ゴーン元会長が、自身や第三者の利益を図って日産に損害を与えたとする特別背任罪を追及する事件に発展しています。最近、この虚偽記載に関しては報道されなくなり、あれは別件逮捕だったということで済まされそうな感があります。ここで日産自動車有価証券報告書の虚偽記載について、振り返って検討してみたいと思います。有価証券報告書における役員報酬の過少記載は次のとおり、8年間で約91億円とされています。(1) 2011年3月期から2015年3月期(5事業年度)で約48億円の過少記載(2) 2016年3月期から2018年3月期(3事業年度)で約43億円の過少記載日産自動車の発表によると、内部通報を受けたことから、最初の逮捕前の数か月間にわたりゴーン元会長とケリー元取締役を巡る不正行為について内部調査を行ったとしています。報道によれば、日産自動車は司法取引を行って検察の捜査に協力したとされています。司法取引により、この不正に関与した役員や社員の逮捕が免れたと考えられます。この司法取引は、虚偽記載だけでなく特別背任の両方に関わるものと考えらえます。
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■ 2.証券取引等監視委員会の告発内容
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有価証券報告書の虚偽記載については、検察当局による起訴のタイミングで証券取引等監視委員会東京地方検察庁に告発しています。まず、その内容を見てみましょう。「犯則嫌疑法人日産自動車株式会社は・・・」から始まる非常に硬い文章です。そこには犯則嫌疑者Aと犯則嫌疑者Bが出てきますが、Aはゴーン元会長、Bはケリー元取締役です。その内容を要約すると、日産自動車と主要な連結子会社からのゴーン元会長への報酬等について、有価証券報告書の「コーポレート・ガバナンスの状況」の中の「役員ごとの連結報酬等の総額等」における「総報酬」と「金銭報酬」が、過少に記載されていた、と書かれています。日産自動車役員報酬は、金銭報酬と株価連動型インセンティブ受益権(SAR)で構成されますが、この告発文では、そのうちの金銭報酬が過少記載されていたとされています。一部の報道では、SARの方が過少記載であったとしていましたが、そうではなかったということになります。この告発文では、過少記載額が年度毎に記載されていますが、合計額では前述の(1)と(2)と同額になります。この告発文で大事な点は、つぎの2つです。・役員報酬が過少記載されていたのは「金銭報酬」だけであること・有価証券報告書の「コーポレート・ガバナンスの状況」の虚偽記載について  の告発であり、財務諸表の虚偽記載は告発していないこと財務諸表の虚偽記載でないということは、この告発はいわゆる粉飾決算を追及するものではないということになります。
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■ 3.日産自動車による過年度訂正処理
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日産自動車は、ゴーン元会長らの逮捕後の2018年12月までの第3四半期報告書において、同氏に対する約92億円の役員報酬を一括計上しました。この金額には起訴の対象にならかなった2010年3月期の役員報酬が含まれており、また、証券取引等監視委員会による各事業年度毎の金額とも少し違います。日産自動車が精査した結果がこれだったということになります。これまで報道されていませんが、この会計処理で大事なことが分かります。第3四半期で92億円を一括計上したということは、次の2つのことを意味しているということです。・役員報酬の過少記載額は財務諸表にも計上されていなかった・有価証券報告書の過年度訂正は行わない有価証券報告書の「コーポレート・ガバナンスの状況」の役員報酬が過少記載されていたとしても、財務諸表には正しく計上されていた可能性がありました。これは報道や証券取引等監視委員会の告発からは明らかではなかったのですが、日産自動車が上記の会計処理をしたということで、財務諸表にも計上されていなかったということが分かります。次に、第3四半期に過年度分を含め一括計上したということは、過年度の財務諸表は訂正しないということになります。これは、過年度訂正をするほど金額が大きくないから、というのが理由と考えてよいと思います。
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■ 4.重要な事項の虚偽記載
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有価証券報告書の虚偽記載は、金融商品取引法(金商法)違反になります。金商法には、虚偽記載に対する刑事罰が規定されています。しかし、刑事罰は対象者の権利に対する最も強力な制限となりますので、可能な限り限定的に用いられるべきとされています。これを刑罰の謙抑性と言うそうです。このため、刑事罰が科される場合を限定しなければなりません。金商法では、開示書類の記載内容について、原則として「重要な事項の虚偽記載」がある場合に限定し、過失による場合は処罰されません。刑事罰が科される場合には次にようになります。・有価証券報告書を「提出した者」は、10 年以下の懲役若しくは1,000万円  以下の罰金又はこれらが併科・両罰規定に該当する場合、法人に対しても7 億円以下の罰金ゴーン元会長らが、この金商法に定める刑罰の最高レベルが科される場合には、個人は10年間の懲役と1,000万円の罰金、日産自動車は7 億円の罰金ということになります。東芝事件では、過年度の有価証券報告書の訂正が行われ、6年9か月の間で累計1,518億円の税引前利益が過大に計上されていたことが分かりました。過去3人の社長などがこの不正会計に関わっていましたが、検察当局はこれらの社長を逮捕するには至りませんでした。日産自動車の場合、東芝のような財務諸表の虚偽記載ではなく、有価証券報告書の「コーポレート・ガバナンスの状況」における役員報酬の虚偽記載によって、逮捕・起訴されました。検察当局や証券取引等監視委員会は、この役員報酬の記載を「重要な事項の虚偽記載」と判断したということになります。財務諸表の過年度訂正が必要ないほどの金額であっても、役員報酬の開示は「重要な事項」であると判断されたということになります。
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■ 5.課徴金は課されるのか
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金商法では、金融庁の裁量で課徴金を課す制度があります。課徴金制度は行政処分の一つで、刑事罰を科すまでには至らない事件について、罰金で対応するという趣旨で導入された制度です。課徴金は行政当局(この場合は金融庁)の裁量で課されます。課徴金は会社に課され、役員等に課されるものではありません。オリンパスの事件では、経営者が逮捕されて刑事罰を受けており、会社には課徴金が課されています。有価証券報告書の虚偽記載によって、課徴金が課される事件は毎年5件から10件程度ありますが、経営者に刑事罰が科されるケースは稀にしかありません。日産自動車は、刑事罰の可能性があるということですから、課徴金を免れることができないと考えてもよいかもしれません。しかし、日産自動車は、第3四半期報告書において課徴金の見積もり計上を行っていないようです。課徴金が課される場合には、まず証券取引等監視委員会内閣総理大臣金融庁長官に対して「課徴金納付命令の勧告」を行い、その後金融庁で審判手続が行われたのち、金融庁から「納付命令」が出ます。東芝の場合は、2015年12月25日に課徴金の納付命令が出ましたが、東芝は課徴金が課されることを予想し、2015年3月期に見積計上しています。日産自動車に対しては、証券取引等監視委員会から「課徴金納付命令の勧告」は今のところ出ていません。これまでのケースでは、過年度の有価証券報告書等の訂正と課徴金がセットになっていました。日産自動車の場合には、財務諸表の過年度訂正は行われないことは確実ですので、結果として、有価証券報告書の過年度訂正は行われません。仮に、「コーポレート・ガバナンスの状況」における役員報酬だけを訂正すると、財務諸表との整合性が取れなくなってしまいます。日産自動車有価証券報告書虚偽記載事件は、「重要な事項の虚偽記載」であるにも関わらず、課徴金が課されないということでしょうか。金融庁の動向を見守りたいと思います。

本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。

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