株式会社Bizsuppliのメルマガバックナンバー

会計を中心とした実力派プロフェッショナル集団であるビズサプリのメンバーが、旬のネタや色々な物事への洞察を記載したメルマガのバックナンバーです。

不正のトライアングル(動機・機会・正当化)と対応について考える

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【ビズサプリ通信】

▼ 不正のトライアングル(動機・機会・正当化)と対応について考える

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こんにちは。ビズサプリの辻です。
3月に入り、日差しに力強さが出てきました。もうすぐ春本番ですね。

このメルマガを書いているのは3月3日です。3月3日と言えばひな祭り…では
なく『東京マラソン2019』です。
最近はランニング人口がとても多くなり、人気のマラソン大会は走るために
抽選があります。『東京マラソン』の抽選倍率は12.1倍で非常に狭き門です。
スタートラインに立つこと自体ですごいことなんです。私事ですが、実は
一昨年11月から、学生以来四半世紀ぶりに走り始めています。学生時代は
陸上部で中距離(400m、800m)を走っていたのですが、さすがに今はス
ピードが出ません。まずはお散歩ジョギングからはじめて、最近はハーフ
ラソンのレースに出るぐらい距離を走れるようになりました。「いつかは
東京マラソン』」と思いながら限られた時間の中練習を積んでいます。
走ることに興味がない方にとっては、「抽選までして走るの?」「なんで
あんな苦しい思いを自ら進んでするの?」と理解に苦しみますよね。走る
動機は人によって様々です。「健康増進」「自己実現」「ランニング仲間
との交流」「雑念を忘れられる」等々…。私の走る動機は、「走っていれ
ば、思いっきり食べられる」ことです。走った後の焼肉&ビールは最高なん
です。皆さんもこちらの世界にいかがですか?
ラソンの事を書き出すとどんどん長くなってしまいますが、本日は「動機」
を含めた不正のトライアングルと対応について考えていきたいと思います。

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■ 1.動機とは何か

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「動機」とは『行動を起こす、あるいは行動を方向づける要因そのもの』を
言います。またある要因から、行動を起こすまでの過程を「動機付け」と言
います。ビジネスの世界では、働く人の「動機付け(モチベーション)を高
めることが重要だ」ということで、様々な取り組みが行われてきました。例
えば、業績連動報酬などはモチベーションを高めるための施策として多くの
企業が実施してきました。「頑張って業績をあげれば、報酬が多くもらえる」
ということでやる気が起きるというわけです。このようなある行動の要因が、
評価や賞罰等他の人が作った刺激によっておこるような動機付けを「外発的
動機付け」といいます。一方で、「内発的動機付け」というものがあります。
これは、心の中から沸き起こってくること、例えば興味、関心、意欲等が
行動の要因になるものをいいます。走る人の動機付けは一部のプロランナー
を除けば「内発的動機付け」から生じているでしょう。

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■ 2. 不正のトライアングル

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「動機」は善悪に関わらず行動の元となるものですが、内部統制や内部監査
に係わる方であれば、不正のトライアングル(三角形)の一つを構成する要素
として動機(プレッシャー)という言葉を思い浮かべる方も多いのではない
かと思います。多くの不正・不祥事の事件が起こるたび、「業績のプレッシ
ャー」「納期厳守のプレッシャー」といった言葉で不正の要因が説明される
のをお聞きになった方も多いかと思います。

「不正のトライアングル」とは、クレッシーという学者が1940年代の博士論
文の中で、ホワイトカラー犯罪を犯した人には次の3つが当てはめられとし
たものです。

・他人に打ち明けられない問題(動機・プレッシャー)
・機会の認識
・正当化

「他人に打ち明けられない問題」とは、例えば次のようなものがあります。
・個人的な失敗に起因するもの(ギャンブルによる借金)
・地位獲得への要望
・業況の悪化
・果たすべき義務違反

「機会の認識」とは、「自分が不正行為を起こせる立場にある」と認識を
したうえで、それを実行できる能力があるということです。例えば自分が
承認者の立場にあり、不正支出が行える等がこれにあたります。

「正当化」とは、その不正行為をすることに対して「犯罪ではない=致し
方ない」と思うことです。例えば「自分だけがやっているわけではないんだ」
「誰にも迷惑をかけない」といった心の動きになります。(以上 不正の
トライアングルについてはACFE不正検査士マニュアルより抜粋)

最近報道されている様々な不正・不祥事事件について、その要因について
当てはめて考えてみると、よく整理できるかと思います。

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■ 3.『機会』のみに着目した対応の限界

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不正のトライアングルが揃ってしまうと不正の要因になるのであれば、揃わ
ないようにすればいいと考えることができます。これまでの不正対応では、
『動機』や『正当化』は、それぞれ個人の心の動きであるため、企業として
はコントロールすることが困難と考え、『機会』をなくす、つまり不正行為
を起こさせないような牽制や管理を行っていくことで不正や不祥事を減らし
ていくということを中心に実施してきました。

この対応は、業務上横領などの個人の金銭的な動機を満たすものなどは一定
程度の効果があります。一方で、連日国会で議論されているような「統計不
正」や、昨年多くの大企業で発覚した「品質データ改ざん」といったような、
「社会全体から見れば間違っていることが組織内の論理で淡々と長年実施
されているの不正・不祥事」に対しては限界があります。むしろ、様々な
管理が強化されることで、実務上到底守り切れないような複雑で細かいルー
ルがあることで、ルール自体が形骸化していき、「ルール軽視の風土」が
根付いてしまった結果起こった不正であるように思います。

ちなみに、統計不正については、「全数調査は企業からの苦情が特に多く、
大都市圏の都道府県からの要望に配慮する必要があった」と担当課のみで
統計手法の変更の判断をしたといい、その後も「統計の方法が不適切(ルー
ルとは異なる)ということは認識していたが、安易に前例を踏襲していた。」
「不適切な方法とはわかっていたが、誤りを改めることに伴う業務量の増加
や煩雑さを避けたいという動機から放置した」とあります。(日本経済新聞
1月23日 朝刊、2月28日 電子版より抜粋)

動機も正当化の要素もぼんやりしていますが、「ルール軽視風土」が動機や
正当化の背景にあったことは間違いないように思います。

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■ 4.『正当化』に働きかける自尊心

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それでは、「ルール軽視の風土」を打破して、不正・不祥事が起きないため
には何に気を配ればいいのでしょうか。
まずは、それぞれ個人が、職業的な自尊心を持つことです。少し古い実験結果
になりますが、「個人的、組織的な違反と職業的自尊心」には逆相関関係が
ある、つまり、自分の仕事が社会に認められている、上司から認められると
思う自体で違反行為が減るという実験結果があります。(「組織健全化のため
社会心理学岡本浩一、今野裕之著)自分の仕事に誇りを持っていれば、
その仕事を侮辱するような「ずるい行為」は自ら思いとどまることができる
というわけです。

細かく行動をチェックされ、ルール違反に都度罰則が科されるような組織に
職業的な自尊心が育つとは思えません。経営者は、自分たちの組織が何で社
会に貢献していくのかということを「経営理念」や「経営目標」といった形
で常に発信し続け、組織のメンバーは、共通の目標として共感し、常に判断
の軸として持っておくことが必要です。皆さんの属している組織は、このよ
うなことが語れており、それが様々な意思決定の場で実際に判断の軸になっ
ているでしょうか。このような判断の軸を持つことで、『正当化』を防ぐこ
とができることになります。


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■ 5.不正予防だけが目的ではない

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職業的自尊心には、仕事に対する「エンゲージメント」が強く関連します。
エンゲージメントとは仕事に対する「熱意」「積極的に関わる姿勢」を言い
ます。あるコンサルティング会社が行った仕事に対するエンゲージメントに
ついての調査によると日本人の仕事に対するエンゲージメントはG8で最下位
だったそうです。例えば、下記のような結果が出ています。(アデコ株式会社
HPより転載 タワーズワトソン「グローバル・ワークススタディ2012」)

・「私は会社の目標や目的を大いに信じている」という問いについて、「そう
思う」と答えた割合は、グローバル平均が68%だったのに対して日本企業は38%

・「私はこの会社で働くことを誇りに思う」という問いについては、「そう思
う」と答えた割合は、グローバル平均は72%だったのに対して日本企業は47%

長時間労働も厭わず、仕事熱心な日本人像とは異なり、仕事に対して非常に
ドライで冷めた本音が見えてきます。日本人が勤勉で愛社精神があり、積極的
に熱意をもって仕事をしているのではなく、不満を抱えながらも会社に留まっ
ている人も多いということを示しいるように思えます。

仕事の自尊心を持ってもらう事、そのベースとなる仕事に対するエンゲージメ
ントを高めてもらうこと、これらは一朝一夕にできることではありません。
例えば、最近は従業員満足度調査(ES調査)を実施してる会社が多いと思い
ますが、この結果を顧客満足度調査(CS調査)と同じ真摯さで受け止めて対応
をとっている会社はまだ少ないのではないでしょうか。また、業績報酬などの
外発的動機付けだけでは仕事に対する自尊心やエンゲージメントが高まるわけ
でもありません。内発的な動機付けに働きかける施策の方がむしろ重要となっ
てきます。そのような働きかけを継続的に行っているでしょうか。

自分の仕事に誇りを持った個人によって構成される組織の方が、上司の指示や

前例になんとなく従い、波風立てないよう気を配っている組織より生産性高く、
そして持続的に成長することは明らかです。そしてこのような強い個人が構成
している組織になることで結果的に不正・不祥事予防につながることになるの
です。
「ES調査を形式的に実施する」「人手不足だから働く人を大切にする」のでは
なく、「強い企業になるために働く人を大切にする」といった意識で採用、人
材育成、人事評価基準、業績評価そして内部統制を再考していく必要があるよ
うに思います。


本日も【ビズサプリ通信】をお読みいただき、ありがとうございました。


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